2015年12月25日

第19話時点、人気投票1位ご褒美(要) 4

 5分経った。
 さらに、10分経った。
 だが、何も起きない。
 要の好きなインスタントラーメンなら、とっくに出来上がって、完食できる時間だ。
 要は積み木を投げてはつかむを繰り返しながら、もう少しだけ待ってみようと、部屋に座っていたが、やっぱり何も起きない。
 仕方ないので、とりあえず、もう一度、庭に出てみることにした。
 旅とやらの目的地が、要の自室ではないということなのかもしれない。
「散策でもすっかな」
 幼くなった体で、無駄に広い九条家の庭を歩いていると、一本の大きな木を見つけた。
「お!これって、確か」
 記憶を頼りに、今の幼い体の要の目線で探してみると、すぐにそれは見つかった。
 子供の頃に、誠志と身長を競って、木につけた印だ。
 要の身長の高さの印より上に、誠志の身長を表す線が引かれている。
 懐かしいが、それ以上に・・・腹が立つ思い出だ。
『チビ』
 誠志にそういわれ、鼻で笑われ、見下された。
 いつか抜くと誓った遠いあの日以来、いまだに、身長だけは誠志に勝てない。
 たいへん悔しいことに、世の中、努力では叶わないこともあったのだ。
「あの頃、仲悪かったよな、オレと誠志」
 とにかく、毎日毎日、ケンカしてた。
 ひたすら、ケンカした。
 くだらないことでも、一歩も譲らず、激しく、とっても激しく、真剣に戦っていた気がする。
 今でも、なにかと、お互いの負けず嫌いを発揮して、言い争ってしまうのは、あの頃の名残かもしれない。
「沙希もいたな。沙希は」
 記憶の中の、少女だった沙希を思い出してみる。
 とりあえず、いつも、要に飛びかかってきていた気がする。
『かなめさまー!すきありですわ!』
 いや、間違いなく、飛びかかられて、押し倒されていた。
「アイツは・・・変わらないな。うん、変わらない。昔から、パワフルでエロかったな」
 そんな香守兄妹と、気付けば、人生の約5分の1を一緒にいる。
 たぶん、二人が香守家を捨てない限り、これから先も、ずっとこの関係は続くのだろう。
「思えば、すごいことかもな」
 閉鎖的な世界にいたせいか、付き合いの長い人間が多いかもしれない。
 今、要の第一秘書をしている片桐もそうだ。
 片桐家は、九条家に昔から仕えていたため、片桐は要が小さな頃から、世話を焼いてくれていた。
 そんな片桐を、要は毎日・・・ビビらせていた。
 いたずら・・・したわけではない。
 ものっすごく、心配をかけまくったのだ。
 九条家の庭にある池に飛び込んで、高級錦鯉を捕獲しようとしたことがある。
『さかな、つかまえる!』
 九条家の、樹齢の100年を越える木に登ろうと、果敢に挑んでいたことがある。
『そら、とぶ!』
 いや・・・飛べないし・・・。
 3歳くらいだっただろうか。
 木に登って、飛び降りようとしていた。
 自分はアホだったのかもしれない。
 そんなヤンチャな子供だった要に、真面目で堅物で実直な片桐は、振り回され続けていた。
 無茶をやめない要に諦めて、さっさと距離をとればいいのに、片桐はいつでも真面目に、付き合ってくれていた。
「・・・うん・・・。帰ったら、謝ろうかな」
 ケンカ相手で最大のライバルだった誠志に謝る気は、さらさらないが、真面目な片桐には謝ったほうがいい気がする。
「にしても、思い出巡りが、人気投票1位獲得おめでとうなんかな?」
 いまだに、目的が見えない。
 ただ、それなのに、脚が自然と・・・いや、勝手にある場所を目指して歩いていた。
 それに気づいたのは、その場所にたどり着いてからだった。


 そこは、あの人の部屋。
 隠されるように、九条家の奥にひっそりとある、部屋。
 部屋からは、バラ科の常緑小高木が見える部屋。
 それは、別名、アカメモチ・カナメモチと呼ばれる植物。

 その別名が、自分とその人の名前に似ていて、子供の頃、不思議さを感じていた。

 死んだはずのその人が、生きていた頃の年齢に要が戻っている今なら、もしかしたら、会えるのではないかと、知らず知らずに、期待していた。
 同時に、密が小さな頃に、積み木で遊びながら、いつも口にして言葉が、脳裏をよぎって、胸が高鳴っているのを感じた。

『あおは、にぃ。みどは、ひぃ。ももは』

「桃色は・・・」
 そう呟いた瞬間、その部屋のふすまが、そっと開いた。

 そして、一人の美しい女性が、優しく微笑みかけてきた。

 要は、うるさいほど高鳴っている胸を押さえながら、複雑な気持ちを抱えながら、その人の名を口にした。

「母さん・・・」

『ももは、にぃのあーや』

 要が手に持っていた密の積み木が、いつの間にか、願いを叶えるチケットに変わっていた。

 桃色は、要の母・・・自殺したあやめの色。

第19話時点、人気投票1位ご褒美(要) 5

 母あやめの優しい微笑みに導かれるように、要は、あやめの部屋に入った。
 会いたかった人が、目の前にいる。
 こんな複雑な環境の中で、子供の頃、要がまっすぐに明るく生きられたのは、この優しくて、いつも笑ってくれた、大好きだった人のおかげだ。
 泣きそうだった時、いつも、やさしく抱きしめてくれた。
 悩んでいた時、いつも、最後まで話を聞いてくれた。
 もしかしたら、今、要は小さな頃の姿に戻っているのだから、あの頃のように、無邪気に甘えてもいいのかもしれない。
 母親なのだから・・・。
 抱きつけば、抱き返してくれるかもしれない。
 あの優しい、花のような香りとともに。
 でも、要の気持ちは複雑だった。
 甘えたい気持ちに、自分でブレーキをかけてしまう。
 だから、座っているあやめの前に、距離を置いて座ってしまった。
 だって、要という強力な力を持った存在を生んでしまったから、あやめは周囲に憎まれ、蔑まれ、悪意に満ちた陰湿なイジメを受け続けたのだから。
 そして、ある日、それに耐えきれなくなった。
 そして、自殺してしまったのだから。
 要の目の前で。
 それは、もしかしたら、要を憎んでいたからこその、あてつけだったのかもしれない。
 自殺の責任が、要にあると、要自身に知らしめるために。
 あのやさしい笑顔の下で、母は要を憎んでいたのかもしれない。
 そんなのイヤだけど、そう思ってしまう。
 だから、要は何も言えず、黙ってしまった。
 会えたことを、喜びたいのに。
 甘えることを許されない毎日の辛さを、吐き出してしまいたいのに。
「どうしたの、要?」
 母は、複雑な表情を浮かべる息子を、不思議そうに見つめてきた。
 あの頃の、変わらない穏やかな笑顔で。
 花のような癒しをくれる、微笑みだった。
「オレは・・・」
 突然いなくなってしまった母に、言いたいことはたくさんあった。
 なぜ、自分を置いて、自殺なんかしたのか。
 息子を憎んでいたから?
 愛してくれて、いなかった?
 要は、母を恨んでなんかいない。
 変わらず大好きだから、そんな考えを持ってしまっていることが、悲しいのだ。
 あやまりたいことも、たくさんあった。
 守ってあげられなかったこと。
 あやめが死んでしまってから、自分がとても変わってしまったこと。
 汚いこともしてきた。
 人に言えないこともしている。
 顔向けできるような、まっすぐな生き方をしていないこと。
 自慢の息子には、なれないでいること。
「母さん・・・オレ・・・」
 言いたいことはたくさんあるのに、どれも言葉にできなかった。
 愛していなかったと言われるのが、怖い。
 それが本当なら、事実として受け入れるけれど、償いもするけれど、やっぱり、大好きな母だから、愛していてほしい。
 嫌いだと言われたら、立ち直れない。
 でも、要は、口を開くことをきめた。
 死んでしまった人に会えるなんて、今以外ないのだから。
 自分らしくない、とても恥ずかしいくらい、つたない言葉しか言えないかもしれないけれど。

第19話時点、人気投票1位ご褒美(要) 6

 要は、目の前のあやめを、ジッと見つめてみた。
 すると、あやめは、微笑み返してくれた。
 ふわりと、風がそよぐように。
 その風が、心を穏やかにしれくれる花の香りを、運んでくれているかのように。
「母さんは、いつも、笑ってたね」
 不幸自慢なら、いくらでもできるほど、辛い目にあっていたのに、そんなことを感じさせない温かな笑顔。
 自分の辛さを語って、周りにいる人たちを悲しい気持ちにさせたり、不幸だからと優しさを求めたりしないなどしない、強さを持った人だったんだろうなと、今なら思えた。
 そんな笑顔を見ながら、あの頃は、とてもたくさんのことを、要はあやめに話していた気がする。
「オレって、小さいころ、どんなこと話してたっけ?」
 小さな要が、突然、昔のことを思い出しているかのような変な言いかたをしたのに、けれど、あやめは微笑みを崩すことなく、穏やかに言葉を紡いでくれた。
「そうね。木に登ったら、お屋敷の外が見えたことや、密と今日はどんな遊びをしたかとかかしら」
「他には?」
「誠志君と、またケンカをしてしまって、でも、本当は悪いと思っているから、どうやってあやまったらいいかなとか」
「それから?」
「片桐さんに、むずかしい問題を解いたことを、すごくほめてもらえたこととか」
「あとは?」
「あとは、空の話」
「空?」
「今日の空は、何色だったかとか。雲がどんな形をしていたかとか。昼間に月が見えたとか」
「そっか」
「ええ。要は、大きな空が好きだものね」
 確かに、空は、今でも好きだ。
 どこまでも続くそこには、自由がある気がして、手を伸ばしたくなる。
 でも、と要は思った。
 空の話は、毎日するほどのことじゃない。
 この部屋からでも、空は見えるのに、何を一生懸命に母に語っていたんだろうと思った。
 けれど、あの頃、要は怖かった。
 少しでも話すことを止めてしまったら、悲しい目にあっている母の笑顔が、消えてしまうんじゃないかと思ってた。
 何もできなかったから、せめてそれだけでも、してあげたかった。
 だから、毎日毎日、話すことが尽きないように、たくさん勉強したし、たくさん本を読んだ。
 ムダな話もたくさんしてたと思うけど、そんな、子供なりの精一杯の行動を、あやめはバカにしたりしないでくれた。
 微笑んで、楽しそうに、いつまでもいつまでも、要のたわいない話を聞いてくれていた。
(そんな母さんが、オレは、本当に・・・大好きだったんだよ)
 それを、今、言葉にしようかとも思った。
 伝えたら、もしかしたら、母も好きだと言ってくれるかもしれない。
 けれど、要は、手の中にある、願いを叶えるチケットを見つめた。
 会いたかった母に会えている今でも、このチケットが消えていないということは、母親に会うことが、魔法のチケットの効果ではないということだ。
(なら、叶う願いは、まだ残されているってことなんだよな)
 このチケットは、願いを一つだけ叶えるものだったはずだから。


 母に、愛していたと告げるのではなく、それ以上に、叶えたいことがある。
 いなくなってしまった母に、今、伝えたいことが。